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尖閣列島探検記事

領有権をめぐり日中の対立が激化している尖閣諸島だが、点在する島々を一括して「尖閣列島」と命名したのは高知県出身の教員だったと言うことだ。まさか本県が関わっているとは驚いた。

命名したのは高知県高岡郡佐川町出身の黒岩恒(くろいわ・ひさし1858~1930年)だ。牧野富太郎とも親交の深かった博物学者で、沖縄範学校の教員時代に依頼を受けて現地を調査。沖縄県名護市には顕彰碑が建てられている。

黒岩は18歳で佐川小学校の教員となり、尋常中学校(現追手前高校)などで教壇に立った。1892年、沖縄の動植物や民族研究に業績を残した田代安定の影響や、幼馴染の牧野の勧めもあって沖縄へ行ったとされる。沖縄では教員の傍ら、動植物や民族などの研究に没頭。多くの学術論文を発表した。牧野にも現地の珍しい植物標本を送っており、クロイワゼミ、クロイワアリ、クロイワザサなど、沖縄には黒岩の名を冠した動植物が数十種ある。

黒岩が尖閣諸島を探検したのは1900年5月。明治政府から無償借地した久場島などの開拓に着手していた実業家・古賀辰四郎の依頼に基づき、沖縄県師範学校命で18日間かけ魚釣島などの地質や動植物を調査した。

黒岩はこれを「尖閣列島探検記事」と題して、同年発行の「地学雑誌12号」に発表した。「列島には未だ一括せる名称もなく、地理学上不便が少なからさるを以って余は窃かに尖閣列島なる名称を新設することとなせり」とし、釣魚嶼(現在の釣魚島)、尖閣諸嶼(現在の北小島と南小島)、黄尾嶼(現在の久場島)の4島を「尖閣列島」と定義した。 
 http://www.kochinews.co.jp/?&nwSrl=293720&nwIW=1&nwVt=knd

若くして高知を離れたため、県内で黒岩を知る人は少ない。佐川町の青山文庫で開催中の「牧野富太郎生誕150年展」では、牧野とつながりが深かった黒岩の業績の一部がパネルで紹介されている。

中国の外相は27日夜、国連総会一般討論で、「日本は尖閣を中国から盗んだ!」などと発言した。仮にも一国の外相、国連総会の場でこの発言はないだろう。下品きまわりないな!

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[ 2012年09月29日 08:46 ] ▶地域情報 その他 | TB(0) | CM(0)
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